研究者インタビュー Vol.1 2026.10.06 掲載

オープンアクセスと京都大学学術情報リポジトリKURENAIの20年を振り返る

——学術情報の「蓄積」から「オープン化・コミュニティ形成」、そして研究データ共有の未来へ

引原隆士 理事・副学長
話し手

引原 隆士 (ひきはら たかし)

京都大学 理事・副学長

※所属・役職は取材当時(2026年9月29日)のものです。

はじめに

京都大学の学術情報リポジトリ(KURENAI)やオープンアクセス(OA)の取り組みは、この20年間で大きな変容を遂げてきました。今回は、これまで学術情報基盤の整備と運用を力強く推進されてきた引原隆士理事・副学長に、初期の試行錯誤から学位論文の電子化、2015年のオープンアクセスポリシーの制定、そして近年の研究データ管理(オープンデータ)に至るまでの歩みと今後の展望についてお話しいただきました。

1. 「蓄積」から「発信」へ:リポジトリ創生期の模索

——KURENAIの運用が始まった初期(2000年代〜2010年代初頭)を振り返り、当時はどのような状況だったのでしょうか?

引原理事・副学長: 当然ですが、この20年の動きは一朝一夕に出来上がったものではありません。世界的なオープンアクセスの流れの中で、日本の大学図書館職員の皆さんが準備を進めてこられたわけですが、当時は「リポジトリに実際にどんな資料を載せるのか」という明確な方針がまだ固まっていませんでした。

当時の図書館には、「学内から情報を発信する」という意識はまだ強くありませんでした。大学自身も、研究要覧や公的な資料など一部のものしかオープンにせず、「論文は学会や出版社が出すもの」「図書館は収集した資料を蓄える場所」という認識が強かったのです。リポジトリ自体も、当初は「蓄積・アーカイブ」のためのツールという意識で捉えられていたと思います。

さらに、プレプリント(査読前論文)とポストプリント(査読後論文)の違いや、アーカイブの概念自体も世の中で十分に整理されておらず、2012〜2013年頃(私が図書館機構長に就任した時期)は、「リポジトリをどう運用すべきか」を現場の皆さんが非常に悩み、模索していた時期でした。

【当時の整理の変遷】

  • 2010年代初期:プレプリントとポストプリントの混乱、オープン化に対する慎重論
  • 2013年頃〜:プレ/ポスト/アーカイブの整理、世界的OAムーブメント(SCOAP3等)の波及

2. 学位論文の電子公開がもたらしたインパクト

——学位論文の電子化・オープン化も、大きな転換点でしたね。

引原理事・副学長: 学位論文の公開義務化(2013年の学位規則改正)は非常に大きな出来事でした。それまでは「学位審査に合格すること」と「それを広く世に出すこと」の間にあるハードルや、著作権の問題が十分に認識されていませんでした。

特に工学研究科などで先行して許諾ベースでの公開準備を進め、全学展開できるルールを整えていたことが功を奏しました。

学位論文のオープン化を通じて、若手研究者が自らの論文の著作権ポリシーを調べ、研究成果の権利関係を正しく理解するプロセスが生まれました。これは、将来指導的立場に立つ研究者を育てるうえでも、非常に価値のある経験になっていると感じます。

3. コミュニティ形成とオープンアクセスポリシーの誕生

——オープンアクセスポリシーの策定(2015年4月採択)や、全学的な意識改革はどのように進んだのでしょうか?

引原理事・副学長: 以前、アメリカのCaltech(カリフォルニア工科大学)を訪問した際、彼らがリポジトリを「学内の研究者同士が情報交換を行うコミュニティの場」として活用しようとしている話を聞き、大変感銘を受けました。

当時の日本のリポジトリは「送り手がデータを登録して終わり」になっており、研究者間のコミュニケーションの場としては機能していませんでした。そこで、「公的資金を得た研究成果はオープンアクセスにする」という政策的裏付け(オープンアクセスポリシー)を整え、日本の優れた研究成果を英語などで広く世界やアジア圏へ届けるとともに、研究者をエンカレッジ(奨励)して研究者同士の新たなコミュニティを形成しようと考えたのです。

4. 論文から「研究データ」へ:ライフサイクルとデータ保証

——近年は論文だけでなく、「研究データ」の保存や公開(オープンデータ)に注目が集まっています。

引原理事・副学長: 研究データ管理を考えるうえで重要なのは、「研究ライフサイクル」におけるどのフェーズの話をしているかを明確にすることです。

  1. 実験・データ取得フェーズ(研究公正・保存ルール)
  2. データ処理・プロセッシングフェーズ(デジタル化・構造化)
  3. 論文執筆・リテラシー教育フェーズ(適切なデータ引用・引用倫理)
  4. 出版・共有フェーズ(ジャーナル掲載・リポジトリ公開)

不正防止(10年保存ルール等)ばかりに目を奪われると、研究を伸ばすためのデータ共有や出版が阻害されてしまう恐れがあります。研究公正とデータ共有のバランスを保ちながら、システム的にサポートしていくことが不可欠です。

「データのエビデンス(履歴)」を大学が保証する

——研究者が別の機関へ移籍する際、京都大学で取得したデータをどのように扱えばよいのかという相談を受けることがあります。

データは単に持ち出せばよいというものではなく、「どこで取得されたデータなのか(データの履歴・Provenance)」を正しく証明できなければ、将来的に研究成果の信頼性を問われることになります。大学のリポジトリ(KURENAI等)やデータ基盤を通じて、研究データのメタデータやタイムスタンプ、取得履歴を大学として保証してあげることが、今後ますます重要になっていきます。

5. 次なる10年への挑戦:「動的メタデータ」とAI時代のデータ共有

——AI(大規模言語モデルなど)の普及を踏まえ、研究データ管理やメタデータのあり方は今後どのように変わっていくでしょうか?

引原理事・副学長: これからの10年で極めて重要になるのが、「動的メタデータ(Dynamic Metadata)」という考え方です。

これまでのメタデータは、著者名やタイトル、発行日といった項目を表形式にはめ込む「静的なメタデータ(Static Metadata)」が主流でした。しかし、研究データは実験ノートの記録や試薬の投入手順、データの加工プロセスといった「どのような経緯でそのデータに至ったか」という動的な履歴や文脈(プロセス)を伴って初めて価値を持ちます。

LLM(Large Language Model、大規模言語モデル)をはじめたとしたAIを活用して研究データを活性化させるためにも、静的な分類表に押し込めるのではなく、データが生成・変化していくプロセスの枝葉やノード(結合関係)を記述・追跡できる「動的メタデータ」の体系へと転換していく必要があります。タイムスタンプやブロックチェーン技術などを組み合わせ、データの由来や履歴を保証する動的なメタデータ基盤を構築することこそが、今後の研究データ利活用の鍵となるでしょう。

また、30代後半以下の若い研究者たちは「成果やデータを公開・共有するのは当たり前」という感覚を自然に持ち始めています。こうしたインフラを整えることで、若い世代がよりスムーズに世界とつながり、研究を発展させられる環境を作っていきたいと考えています。

結び:自ら「意義と価値」を見出し、研究の面白さを追求しよう

——最後に、これから研究の世界に挑む学生や若手研究者へ向けてメッセージをお願いします。

引原理事・副学長: 研究の本質は「疑問に対し、誰も知らなかったことを解き明かす喜び」にあります。研究データや論文をオープンにすることは、単なる義務やルールではなく、自分の成果が世界中の研究者に届き、予期せぬ分野で活用されるというオープンアクセス時代ならではの醍醐味をもたらしてくれます。

そして何より伝えたいのは、

「その研究がどのような意義や価値を持つのかは、他者やAIに与えられるものではなく、自分自身の中でしか生まれない」

ということです。

目的は人から与えられることがあっても、なぜ自分がそれを行うのかというモチベーションや意義・価値は、自らの思考を通じてしか芽生えません。AIをはじめとする便利なツールが身の回りにあふれる時代だからこそ、「なぜ自分はこの研究をやっているのか」という問いを大切にしてください。

データ管理や著作権などのルールを正しく理解し、大学のシステムや動的メタデータのような仕組みを賢く使いこなしながら、自分なりの「意義と価値」を胸に、伸び伸びと研究を楽しんでいってほしいと思います。KURENAIやオープンアクセスの取り組みは、皆さんがその挑戦を世界へ発信していくための「基盤」なのです。

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今後も学内の多様な研究者インタビューを掲載予定です

KURENAIを活用する様々な分野の研究者の声をお届けします。