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タイトル: <特集論文>モラルを超えたモラル - 現代ミャンマーにおける仏教の公共的役割についての一考察
その他のタイトル: Morality beyond Morality: A Study on Public Functions of Buddhism in Modern Myanmar
著者: 藏本, 龍介  KAKEN_name
著者名の別形: KURAMOTO, Ryosuke
キーワード: 上座仏教
ミャンマー/ビルマ
出家者
贈与
逆説的世俗主義
Theravada Buddhism
Myanmar/Burma
monks
gift
paradoxical secularism
発行日: 31-Mar-2016
出版者: 京都大学大学院人間・環境学研究科 文化人類学分野
誌名: コンタクト・ゾーン = Contact zone
巻: 8
号: 2015
開始ページ: 15
終了ページ: 28
抄録: 上座仏教僧の志向するモラルとはどのようなものか。そしてそれはどのような社会的インパクトをもちうるのか。この問題について本稿では、ミャンマーのX僧院を事例として検討する。それによって現代ミャンマー社会における仏教の公共的役割の一 側面を浮き彫りにすることが本稿の目的である。 この目的を達成するために、本稿では特に、贈与をめぐるモラルに注目する。モース(M. Mauss)によれば、贈与には「与えろ、受け取れ、返せ」というモラルがある。 それに対し、上座仏教の出家者は、在家者(一般信徒)からの布施(宗教的贈与)に よって生計を立てているにもかかわらず、返礼が義務とはされていない。それどころか本稿で取り上げるX僧院では、こうした贈与のモラルが明確に拒絶されている。ではなぜX 僧院はわざわざ布施に対する返礼を禁止しているのか、その背景にはどのよ うなモラルがあるのか。 この問いに答えるために本稿ではまず、X僧院が志向している贈与のモラルとは異 なるモラル、いいかえれば「モラルを超えたモラル」の内実を明らかにする(2 章)。 次にX僧院のモラルがどのような形で社会に受け止められているのかという問題について検討する。具体的には、X僧院を結節点として在家信者のネットワークが形成されていること、そしてこうした在家者たちはX僧院のモラルに感応しつつ「逆説的世俗主義」とでも呼びうる政治的立場を醸成していることを指摘する。それによってX 僧院のモラルが、宗教/世俗の区別を強化することにつながり、結果として宗教の政治介入を抑制しうることを示す(3 章)。以上の議論を踏まえて最後に、他のアジア地域の状況と比較しながら、現代ミャンマーにおける仏教の公共的役割の可能性を整理 する(4 章)。What is the morality of Theravada Buddhist monks? How does it have an impact on society? This study considers these problems, using X Monastery in Myanmar as an example, and aims to reveal one side of the public functions of Buddhism in Modern Myanmar. To achieve this aim, this study focuses on their morality in the context of gift exchange in particular. According to M. Mauss's The Gift, the most important moral aspect of gift exchange is the obligation to reciprocate. Regarding this point, Therava da Buddhist monks seem to be immoral because they are not required to reciprocate, although the basis of monks' livelihood is using the Da na [religious gifts] of lay people. Furthermore, X Monastery strictly prohibits monks from reciprocating. Why do they do that? What kind of morality do they have? First, I describe the morality of X Monastery, 'the Morality beyond Morality' (II). Then, I analyze how the morality of X Monastery is accepted by society and indicate that lay devotees comprise a network centered around X monastery, and these lay devotees, being affected by the morality of X Monastery, are engendering a political position which I call 'paradoxical secularism'. As a result, the morality of X monastery can prevent the political intervention of religion (III) 028 Based on the discussion above, finally, referring to the situation of other Asian regions, I sort through the possibility of Buddhism's public functions in Modern Myanmar (IV).
URI: http://hdl.handle.net/2433/217892
出現コレクション:008

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