<論説>近世初期領国貨幣の歴史的役割 : 加賀藩の事例

Abstract

本稿は、加賀藩の初期領国貨幣の中で、領国市場を対象とした領国銀政策とその背景を考察したものである。考察の課題は、一、天正九年前田氏の能登入国以降、領国貨幣制度の変化を在地史料を用いてより詳細に検討し、また同時に当時の貨幣流通構造を考える、二、領国貨幣政策と在地経済との関係、つまり領国貨幣の機能について検討する、三、寛文九年の丁銀への切替えに至る状況を検討する、以上三点である。第一の課題は、是迄加賀藩領国貨幣研究が在地史料の未発掘という段階で、主に藩側史料によって考察されている状況を克服し、 貨幣制度の実体を明確にするためのものである。これとも関連して第二の課題は、加賀藩のみならず、領国貨幣研究が全体的に在地経済との関連を十分には考察しえていないという点を踏えたものである。第三の点は、従来幕府権限の貫徹として簡明に解釈されている丁銀への切替えについて、領国市場の諸変化を考察してその経緯を再検討するためのものである。加賀藩の領国銀政策は元和中期以降に展開をみせ、極印銀の発行に続き、今極印銀、新極印銀が発行され、寛永一五年の朱符銀 による一元的流通令によってその確立をみた。寛永一五年迄、領国銀は低品位化され、それは藩が低品位の取込銀に象徴される一般貨幣流通を包摂してゆく過程であった(Ⅰ) 。この一般貨幣流通は、領内の商業活動を通じて形成されていたものであり、塩業等 における分業関係は、貨幣流通に媒介されて成立していた。従って、塩専売制をはじめ藩が寛永中期に経済諸政策を推進するに当 っては、貨幣政策を一つの軸とする必要があったのである(Ⅱ) 。藩は経済諸政策実施後、朱符銀という高品位貨幣を一元的に流通させた。高品位化の要因は、封鎖的な領国市場形成の意図にあり、幕府貨幣を領内において取得するためのものであった。そして 丁銀体制への移行は、領国銀政策の確立過程が、一般貨幣流通に対応していたように、領内状況の諸変化を通じてその基盤が造成 されていったものである。これは幕府権限貫徹の伏線として考慮さるべき点であろう(Ⅲ) 。

In this paper the author tries to examine the monetary policy and its background of the feudal silver within the early feudal currency of Kaga-Han. She clarifies them as follows : 1. Kaga-Han's monetary policy of the feudal silver had developed since the middle Genna 元和 Period, and it was established in the 15th year of the Kan'ei 寛永 Period when the rule of the unifying circulation of the Syufu-Gin 朱符銀 was promulgated. Feudal silver of Kaga-Han had degraded before the circulation of the Syufu-Gin and this degradation included the general currency. 2. This general currency had been established through commercial activities, and the system of the division of work was formed through the medium of this currency. So, when the government of Kaga-Han began some economic policies in the middle Kan'ei Period, it had to regard the monetary policy as one of the most important policies. 3. After the operation of economic policies, the government of Kaga-Han started the unifying circulation of high-grade coins, Syufu-Gin. Improving money in quality, the government aimed at building up the blocked feudal market and acquiring money of the Bakufu 幕府 in the domain of Kaga-Han. And then, changes of circumstances within the domain laid the foundation of the transformation into the Chōgin 丁銀 system, which means preparation for penetration of the Bakufu's power.