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タイトル: <論文>映画興行と映倫改組 --太陽族映画問題をめぐって--
その他のタイトル: <Articles>Film Exihibition and the Reorganization of the Eirin
著者: 今井, 瞳良  KAKEN_name
著者名の別形: Imai, Tsubura
キーワード: 映倫
太陽族映画
映画興行
映画と青少年問題
興連
Eirin
the taiyozoku genre
film exhibition
film and youth issues
Japan Film Exhibition Union
発行日: 31-Mar-2021
出版者: 京都大學人文科學研究所
誌名: 人文學報
巻: 116
開始ページ: 69
終了ページ: 83
抄録: 本稿は山本明コレクションの興行に関わる資料によって, 映倫改組をめぐる興行界の動きを明らかにすることを目的としている。1956年に立て続けに公開された「太陽族映画」によって映画規制の動きが活性化するが, 映倫が第三者機関として再編されたことによって, 「検閲」の復活は回避された。太陽族映画は映倫による「成人向」指定を受けていたにもかかわらず, 青少年への影響が問題視された。保護者同伴ならば未成年でも鑑賞可という規定であった「成人向」は, 興行の場において徹底されておらず, 「成人向」と「青少年映画委員会推薦」が併映されることもあり, 太陽族映画をめぐる問題の根幹には, 製作・配給会社, 興行館, 映倫の連携が取れていない映画業界の問題があった。映画規制の動きに対して, 行政の介入を直接受ける可能性のあった興行界は, 青少年の観覧禁止の徹底に乗り出す。一方, 第三者機関として再編された新映倫は, 映画業界に青少年対策の協力を要請するとともに, 政府や報道機関などに業界の自主規制を繰り返しアピールし, 社会的な役割を果たしていった。興行界において自主規制の意識が高まることによって, 新映倫の存在意義が浸透していったのである。
Through the examination of the film exhibition sector documents contained in the Yamamoto Akira Collection, this paper aims to clarify the dynamics of the reorganization of the Eirin. While the release of films of the "taiyozoku" genre in 1956 served to revitalize the movement for film regulation, the reorganization of Eirin as a third-party institution meant that censorship was successful averted. Despite its films being designated as "for adults" by the Eirin, the "taiyozoku" genre became an issue for youth, to a lack of cooperation between production and distribution companies, theatres, and the Eirin itself. The impact that this genre had on young people was considered problematic. Following its reorganization, as a thirf-party institution, the Eirin played a social role and repeatedly appraled to both the government and the press for greater self-regulation within the film industry. The Eirin also asked that the film industry abide more closely with measures concerning youth audience. In that regard, the significance of the Eirin was widespread due to the growing awareness of the need for self-regulation in the film exhibition sector.
記述: 特集 : 山本明コレクション
福家崇洋, 上田学 編
Special Issue: the Yamamoto Akira Collection
DOI: 10.14989/262801
URI: http://hdl.handle.net/2433/262801
出現コレクション:第116号 <特集 : 山本明コレクション>
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n/a. "映画タイムス". n/a. no. 38, 1955, p. n/a. 映画タイムス
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調査票 (A),調査票 (B). 映倫管理委員会事務部. 山本明コレクション219-01-0122. 調査票 (A),調査票 (B)
映倫管理委員会 ― その青少年対策 ―. 山本明コレクション219-01-0122. 映倫管理委員会 ― その青少年対策 ―
阪田, 英 一(著). 栄冠なし涙あり. 阪田英 一, 1974. https://ci.nii.ac.jp/ncid/BN07384143
加藤, 厚子(著). "映画会社の市場認識と観客 ― 一九三〇〜一九六〇年代を中心に". 観客へのアプローチ. 森話社, 2011, p. n/a. https://ci.nii.ac.jp/ncid/BB05298126

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