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ファイル | 記述 | サイズ | フォーマット | |
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himaraya_13_319.pdf | 2.81 MB | Adobe PDF | 見る/開く |
タイトル: | タイ王国北部の旅(2011年の記録) : タイ文化圏を往く |
その他のタイトル: | Visiting Minorities Villages(Hmong, Karen, Lahu, Akha, Lisu) in the Southern Part of Tay Cultural Area, Northern Thailand |
著者: | 前田, 栄三 齋喜, 國雄 |
著者名の別形: | Maeda, Eizo Saiki, Kunio |
発行日: | 1-May-2012 |
出版者: | 京都大学ヒマラヤ研究会・京都大学ブータン友好プログラム・人間文化研究機構 総合地球環境学研究所「高所プロジェクト」 |
誌名: | ヒマラヤ学誌 |
巻: | 13 |
開始ページ: | 319 |
終了ページ: | 330 |
抄録: | アジアの旅の始まりは15年程前に遡る. 中東地域と成田を定期的に往復する途次離着陸するバンコクのドンムアン国際空港は, 私(前田)にとって文字通りのハブ空港となった. この間の訪問先は, ネパールのカトマンズ, 中国雲南省の昆明/景洪, ラオスのヴィエンチャン/ルアンプラバン, ヴェトナムのホーチミン, カンボジアのシエムリアップ, タイ国内ではチェンマイ, チェンライ, メーホンソン, ナーン, プーケット, ハジャイ, サムイ島などである. 何れも3-4日, 長くて1週間程度の滞在であったが, それまで南周りの航路を利用することの無かった私には, 実に興味深いアジアの旅路であった. タイ王国国内でも, 陸路, 中部のパタヤ, チャアム, アユタヤ, カムチャナプリ, スコータイ, 北部のメ-サイ, チェンセーン, 北西部のパーイ, クンユアム等を訪問してきた. 実に漠然とではあるが, 何時からともなく気になることがあった. 雲南省シプソンパンナ/タイ族自治州の州都・景洪, ラオスの旧首都・ルアンプラバン, そしてタイ王国の北タイの諸都市(チェンマイ・チェンライ・メ-サイ・パーイ・メーホンソン)及びその近郊を訪問した際に感じた空気, 換言すれば 自然の温もり, そこに住む人々の柔和な表情・笑顔, 地域に密着した生活の様子, 祭の踊り・鮮やかな衣裳など等, これら地域に共通するように感じたその空気, 山懐或いは母親の懐に抱かれるような感慨は一体何だろう…, 気になっていたことである. ポンと膝を叩くような得心を得た思いがしたのは, 「タイ(シャン)文化圏」という言葉に接した時である. 2009年4月, 東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所のクリスチャン ダニエルス教授の研究室内の懇談でのことであった. From Feb19 to February 27, 2011 and July 14 to July 22, 2011, we visited the Southern Part of Tay Cultural Area, which is located in the Northern Thailand. Our aims and visiting places were as follows. 1.I visited and observed several Minorities Villages (Hmong, Karen, Lahu, Akha, Lisu) and The Doi Pui-Hmong's Hilltribe Museum and Tribal Museum Chiang Rai, The House of Opium (Museum). 2.I observed Royal Projects at the three Locations. Royal Agricultural Station Inthanon, Royal Doi Tung Project (including Mae Fah Luang Garden), Pangtong Royal Project Development Center. 3.I visited Chinese Villages at the three Locations (including Mae Salong). 4.It seemed to be the most important and difficult problems definitely, that was the presence of KMT(Kuomintang of China)-Chinese troops in the northwestern borderlands of Thailand, from the 1950s through the 1980s. 5. I visited some Japanese solder's and Thai people's Memorial monuments, and the Khun Yuam WW2 Japanese War Museum. This report is an essay rather than an academic report of what we have observed. This report also showed some points aimed at the modern history of the northwestern borderlands of Thailand, northeastern side of Burma and southwest side of Yunnan, China. |
DOI: | 10.14989/HSM.13.319 |
URI: | http://hdl.handle.net/2433/186105 |
出現コレクション: | 第13号 |
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